「記憶の鍵盤」感想
Laplacian 五年ぶりの新作である。
確か以前どこかで緒乃さんが自分が短編が得意って言ったことがあったような気がする、それでこの短編を作ったのきっかけなのか分からないんだけど、幅は確かに短かった。自分は進行速度がかなり遅い派なんだけどそれでも 7 時間しかなかった。まあむかしはともかく今どきノベルゲームが短いはむしろアドバンテージになってるではないかと自分は思っている、拘束時間が少なく気楽にプレイできる、現代人の行く末ってやつかもしれない。
原作は小説だからか、普通のエロゲより会話が少なく描写におけるテキストが多かった気がする、その故に文章を進む速度が落ち、はんっぱ強制的にじっくりと読まされていた気分だったけど、ゲーム全体が放つ重い雰囲気から見ればむしろそれが正解だと思う。
幅が短い割に、立ち絵や CG が贅沢なほど充実してるのは予想外だった。そこら辺のゲームでは絶対に立ち絵がないモブキャラでも、数行しかないシーンもちゃんとした絵を用意されている。なんか ef と似たようなカットシーンの出し方を思い出す。
ストーリーよりも主人公がヒロイン二人に対する感情と変化を自分の解釈で少々書き留めておきたいと思う。
主人公は元々沙里が好きだったけど、記憶を再構成して絵莉に出会ってから絵莉のことが好きになってた。それから沙里にもう一度出会って記憶がないけど多分何もなければそのまま沙里のことをもう一度好きになる、実際一週目もそうなっていたし、絵莉が言う「勝てない」はまさにその通りだった。
しかしものにはタイミングというものが存在する。
一つ目は沙里への好意が昇華する前に絵莉と友達の会話を聞いちゃったこと。このタイミングで絵莉が自分のことが好きを知ったら絵莉の勝算が大きく上がる、それは絵莉自身も分かってるから沙里と再開するまでその気持ちを心に留めていた。「そこまで卑怯にはなれなかった」と絵莉自身が言ったが、本当にバカでいい子だと思う。
二つ目はお祭りに行かなかったこと。これは追い打ち或いは決定打とも言える。このイベントがないと、沙里への好意が昇華することが出来ない。
特に一個目のタイミングは以前 Laplacian のコラムで読んだ「白昼夢の青写真」の制作物語で、CASE 2 のウィリアムがオリヴィアとスペンサーの行為中ではなく行為後に現場に現れたタイミングで物語が変わったに似ている。まあ緒乃さんの言うとおりに人生はほんの些細なタイミングの違いで大きく変わるものだ。
三角関係と言えばそのジャンルの金字塔である「White Album 2」を触れざるを得ない。本作は「White Album 2」のような殴り合いの三角関係ではなく譲り合いの三角関係になっている、まあみんないい子なんだよね。それに非 18 禁だし主人公たちは学生だから WA2 のようなドロッとした大人の沼のような関係性はない、みんないい子なんだよな本当に……。
ストリートにあまり起伏はないのも本作の特徴の一つであるが、それは悪いことじゃないと自分は思ってる。
全体を通して本作は良くも悪くもなく、ただ刺さる人には刺さる作品に仕上げられている。自分をいうなら少し刺された側である。こういう感情の葛藤じみた青春ものに弱いんだよな……。

Laplacian と言えば、去年「白昼夢の青写真」以来 4 年の沈黙を破いて四作の情報を連発した時結構驚いた、しかも長月達平という今まで多分エロゲを作ったことがないやつを巻き込んだ形で。まあ宣伝と悪ふざけだけが得意な Laplacian だからわざとやってたんだろうな。でもそういえば最近はあいつらの悪ふざけをあんまり見かけなくなってるような気がする……?人工鳩が発売した時の勢いはどうした……というのは冗談で、正直あいつらちゃんと実力を持ってるから、悪名は無名に勝るとは言えわざと好名を避けて敢えて悪名をとることは必要ないと思う、ちゃんといいものを書けるんだから、胸を張って正面から戦ってもいいんじゃないか。(人工鳩はゴミだったけど)