「白昼夢の青写真」感想

実は本作のプレイ予定最初はなかった、情報は一応目を通したが一目見て「ああ人工鳩の緒乃さんか、当時はあれだけ宣伝したのにプレイしてみて結局めっちゃ普通だったの覚えてるな、どうせい今作も似たようなもんでしょ」と思ってプレイ予定リストに載せなかった。そして発売後先に同日発売の「さくレット」を進めてる途中、何故か本作の評判がめちゃくちゃ高いのが気になって、もうっかい騙されると思ってやってみようとダウンロードした。今思えばやってみて本当に良かった。

なんの事前予習もしてない状態から始めて、最初に一番びっくりしたのは主人公がシェイクスピアだったことですね、「このゲームかの大文豪の話なの???」と勘違いしてた。

三つの物語の前半を読み終えた時やっと話の全貌は掴んで、自分は凛→すもも→オリヴィアの順でなぞってたから、最初からめちゃくちゃ暗い話。凛の物語をクリアした時「えこれ本当にあの緒乃ワサビさんが書いた作品なの?あの人悪ふざけだけが上手いじゃなかったのかよ」と思った。

三つの物語をクリアした時、ハッピーエンド一つもないなと気づいた。唯一ハッピーエンドのように見えるすももの物語も結局最後二人は離れ離れになってる。その理由はあとのケース0で明らかにされる。

そしてケース0は本作の真の集大成で、もう途中で覚えてないくらい何度も何度も泣いた。いや、ワサビお前その気があれば人工鳩ももっと上手く書けるんじゃないマジで。

以上は本作プレイ中の大まかなに感じたことで、ここからは自分の攻略順でケースに分けて一つ一つ感想を述べていく。

CASE 1 有島芳・波多野凛

主人公は45才の有島芳、ベテランの非常勤古文教師。波乱のない45年の月日も生きて彼は既に何も求めていなかった、代り映えのない毎日の中淡々と仕事を完璧にこなすだけで、変化を求めてないし希望も抱いてない、そんな消化試合のような余生を送り続けるだけだった。

だが大勢の人と同じように、そんな彼でもかつては夢があって小説家を目指して夢中に頑張っていた、そして大学時代に出会った波多野秋房という先輩の筆力と人間力の差を見せつけられ、大勢と同じようにその夢を捨てた。今は冷めきった編集者である妻の侮蔑の眼差しの中毎日誰にも必要とされないしやり甲斐もない授業を無感情に繰り返す。

そんなある日、彼は既に他界に逝った大文豪秋房の娘であり自分の生徒でもある波多野凛と出会い、引きつけられ、背徳的な恋心を抱いて秋房の死の秘密を探りながらまた筆をとり始める。

このケースの趣旨は社会と人の個性の関係性である。もちろん理想と現実を論ずる点もあるけどそれは主な論点ではないと自分はそう思う。

有島は内なる夢を抱いてるが現実に見せつけられ自分の無力さを悔やんで妥協して代わり映えのない毎日を選んだ、それで余生を消化しようと決めたーー凛と出会うまでは。若い凛と出会って自分の中まだ火種が残っていることに気づいてそして秋房の書斎で手記を見つけてまさか秋房が生前自分の書いたものをゴミ扱いとしていてそれでもいろいろなしがらみで書き続けなければならないことを知って有島は秋房を知己のように思った。


「ここは静かだ。空気も重い。液体のような密度の空気がうめいているようだ。まるで川の底にいるような気分になる。川上から海へと向かう流れとは無関係なーー暗くて冷たい川の底。あぁーー心地いいじゃないか。今の私にぴったりの場所だ。」


同じ社会の曲者として有島は書斎に籠って秋房の手記に浸った。それは彼にとって最も有意義な時間だがそれでも朝になるとまた慣性のように仕事場に行って無意味な授業をこなす。そこで彼は数十年間耐え続けたこの行為を、初めて耐えきれない気持ちを覚えて自分がどれ程惨めなのかを改めて認識した


「できればーーこの教室にいる私を、凛の眸に映してほしくはない。」


秋房の手記を読み続けている中、有島は凛との関係も少しずつ確実に進んでいる。ある日凛とデートしてる最中、妻と偶然書店で遭遇してしまった、凛は対抗心を芽生えてその妻に勝ちを見せつけるためにわざと有島の肘を抱きしめた。有島は凛への想いと世間体のジレンマの狭間の中暴走し凛を傷つけてしまった。ここは有島が物語の中初めて生の感情を表す場面である、そして彼はやはり社会の楔から逃げられきれなかった証拠であった。

その後有島は秋房の書斎に逃げて深い自己嫌悪と共に手記を読み続けた。


「この秩序だった窮屈な世界から一度身を引き抜いてみると、もう二度と差し込むことはできない。自分以外の全てがきっちりと枠にはまり、自分の居場所が最初からなかったかのように、この世界は瞬時に変異する。私の居場所は、もう『死』にしか残っていない。」


そんな自己嫌悪の中、有島は不眠不食且つ無断欠勤で秋房が残した死への手記を読み終えた。そして今度はやっと秋房の気持ちになれた。有島は社会の楔から解き放たされたい感情と、凛を傷つけた後悔と、つまらない日常への飽きれと、それでも世間体を気にしてしまう自分への嫌悪を抱いて、自分と秋房を重ねて、やがて秋房と同じ死の道を選んだ。

ここからは一連見事な心理描写、死の淵へ至る心境、人生への追憶、徐々に失っていく体温、有島は確実に生と死のちょうど境に立っていた、しかしここで彼が選んだ死に方は少し引っかかる。秋房は浴室で腕を切って死んだ、もし有島は自分を秋房と完全に重なったならここで彼は秋房と同じように腕を切ることを選んだはず、だが有島は冷たい水を浴びて体温を奪われるような緩やかな死に方を選んだ。これは個人的な見解だが、腕を切る勇気がない他に、有島は自分を秋房と完全に重なれなかったじゃないかと自分はそう思ってる、これも彼と秋房の決定的な違いであり後ほど彼は一度スルーした凛からのメッセージを開いた原因でもあるーーこの世への未練がまだ残っている。言うまでもなくその未練は凛への想いである。一度死の淵に立って有島は文字通り生まれ変わった、世間体なんてどうでもいい、他のこと全部クソ喰らえ、ただ一心で凛への想いを書き続ける。


「一人の人間がーーきみのことを狂おしく愛して、きみの幸せを心から願っていることをーーきみに知っておいてほしいから、書いた。」


そこから二人はやっと結ばれる。ここで一つ引っかかる点は、凛は焦るように濡れてすらなかったのに一刻も早く有島を自分の中へ挿れようと促したこと。これは多分凛は有島の理性が戻すことを怖がっている、彼女は有島が理性の塊のような人を知ってるから、もしそこでしないと後日有島はきっとまた世間体や倫理観などに縛られ二人はずっと結ばれないようなプラトニックな関係性に留まってしまう、だから先に既成事実を作ってその壁を壊したほうがいい。

それからは……うん、世間所謂NTRというジャンルの展開ですね!特に元妻の寝室で思いっきりセックスするシーンが滅茶苦茶エロくて背徳感と凛の獲物を捉えたような 絶対に逃がさせられない且つ積極的な行為で初めてNTRジャンルに目覚めてしまいそうになった。

そして物語は終盤に迫る。凛は自分が妊娠してしまったことを発覚して不覚を感じながら真っ先に降ろすと決めたーーんだけれど、自分の両親が自分を産んだ時のことを想像して、産むと決めた。


「わたしを産んだ人も、同じように点だったわたしを眺めたのかな。そのとき、彼女はなにを思ったんだろう。――これで波多野秋房をつなぎ止められる。そう思ったかもしれない。でもーー『……産んだんだ』。今では声も思い出せないその人はわたしを産んだ。わたしが両親に押しつけられた孤独は、この子には全く関係がない。ここでわたしが突き放したらーーわたしも結局、二人と同じになる。」


凛は昔自分の両親と似たような境遇に立って、両親のように無責任な親になりたくないと願った、たとえそれはまだ形になってない子供でも捨てたくなかった。そして彼女は有島に黙って、親が遺した金を使って子供を育つと決めて有島から去ってしまった。

ここで、凛は何故有島を頼らなかったのかを論ずると、単純に有島に負担をかけたくなかったのだと自分はそう思う。有島は凛を受け入れたとは言え、世間体を完全に捨てきれていなかった、45才の人間がそんな器用に生き方を変えられる訳がない、そんな彼に「教え子に手を出して妊娠すらさせた教師」という社会から見て一発アウトのレッテルを貼りたくない、彼の居場所を奪いたくない、何より彼に嫌われたくないから、有島を信じて甘えることができなかった。


「涙をこぼしながら、私は微笑んでいた。この安らぎを、お腹の子が私に与えてくれている。わたしはーー自分の命すら投げ捨てた父親と、同じ事をしたくない。そういう親に、わたしはなりたくない。親がわたしに遺したーー耐えがたい孤独と、使い切れないお金。疎ましくてしょうがなかった、身分不相応の財力。私の意志と関係なく、押し付けられたもの。これを使えば、この子を守れる。わたしは覚悟を決めた。この子は、わたしが育てる。自分の中にも、母性のようなものが芽生えたのに気がついたとき、嬉しかった。わたしも、真っ当な人間になれるかもしれない。もうわたしは、一人じゃない。守るべきものを得て私は、生きる意味を初めて見つけられた。」


全編を見通して、これは悲劇であり喜劇でもあると自分はそう思う。悲劇というのは、二人は最終的に結ばれることができなかった。喜劇というのは、二人はそれぞれ生き続ける力を見つけられたこと。有島は凛と思い出を得て、モノクロのだった彼の世界が色に染られた、凛は彼女自身が言った通り守るべきものを得た。それぞれ同じ社会の曲者同士だから引きつけられ、ひと夏の思い出を共有して生きる意味を見出す希望の物語。

CASE 3 飴井カンナ・桃ノ内すもも

亡き母のような立派な写真家を目指して全ての時間をカメラに燃やした不登校少年のカンナは、かつて母が「撮りたい」と言って残したスケッチが描いた場所を探してその写真を自分で撮ろうと父に黙ってガレージに引きこもってた。その場所を探し出すために、既に動かなくなった母のキャンピングカーを直さなければならない。

ある日、教育実習生の桃ノ内すももが彼の家に訪ねて、カンナがずっと学校に行ってなかったことが父にバラされる。父に問い詰められ、彼はやむ得ず自分が母のようにプロのカメラマンを目指してることを伝えた。父はもちろんそんな何の保証もない未来に断然反対を出し二人の口論は平行線だった。その夜、カンナはいつも通りキャンピングカーの中で眠ったカンナは懐かしい揺れを感じて目を覚まし、彼がいつの間にか入ってきたすももに抱きしめられていて、車が動いてる。車を盗まれたことに気付いたカンナは、スクラップハンター梓姫の目を盗んで車を動き出そうとしていて、無免許運転で車が暴走した挙句車も梓姫の拠点も壊した。三人は仕方なく車をガレージに押し戻して、秘密の条約を結ぶーーカンナの無免許運転を黙って学校に行く、梓姫は車の修理に引き換えガレージに泊まる。そして三人の奇妙な夏がここから始まった。

先ずはすもも、彼女は元々おしゃれが大好きで、昔水商売をしてそれを誇っていたが、母がほかの人から悪い口言われてその母を安心させようと、体面のために自分の個性を殺して教育免許を取ろうとしてた。でも物事を深く考えようとしない彼女にとって教師という職業は金輪際合わない、授業もちゃんとできないし芋っぽい服や暗い髪を被ってる自分も大嫌い、それでも免許を取るまでなんとか我慢しようと頑張って耐え続けた。彼女に呆れた担当は無責任でずっと登校していないカンナを学校に連れてくれれば合格にしてあげようと言い出したのがすももが何としてもカンナを学校に行かせようとした理由。

学校に行くようになったカンナは放課後被写体の多いイチタミに行って毎日写真を撮るようにしてた、そこでたまたま自分を芋から解放した素のすももに出会って彼女の秘密に気付く、カンナは素のすももに惹かれて思わずシャッターを切る。夕焼け映えの素のすももの笑顔が彼にとって最高の一枚になった。


「――カンナくんのお母さんとか、あとスクラップハンター梓姫とか。好きなことして好きな格好して生きてるーって感じじゃん。あたしもそんな風に生きたいのに、今はそれができないのが……。」


その夜、カンナはすももの言葉を思い返しながらその写真をプリントアウトして、すももに元気をつけようと渡すと決めた。翌日いつも通り教員に怒られたすももはその写真を貰えてやっぱりそれが本当の自分だと笑った。

「教育実習が始まって、今日で二週間。苦痛だった毎日が、今日で終わる。鏡に映って自分――この二週間、毎朝見てきたあたし。ちゃんとした、あたし。教育実習は、今日で終わり。このまま教室にいって、いつもみたいに、張りのない声で、誰の印象にも残らない話をして。あの指導教官の説教を適当に受け流して、ご機嫌をとってーーそうすれば、教員免許がとれる。でもーーカンナくんが撮ってくれた、あたしの写真。……。あたしって、こんな風に笑ってるんだ。すっごいイケてる。あたし、この自分が好き。この自分でいたい。この自分だったらきっとーーなにがあっても乗り越えられる。」


そして実習の最終日、すももは世間体を捨て自分を偽るのをやめた。


「最後だもんね。今日までガマンして、今日のためにーーバカなあたしが、頑張ったんだもんね。最後くらいはーー完全武装でいっても、いいよね?」

すももは素の自分のまま学校に行って素の気持ちを生徒の前で話して教員を卒倒させた、それを見てカンナはカメラを向けて、最高にイケてるすももを写真に収めた。

ここまで読んで「はー???」になって自分も卒倒された。バカだ、ここにバカがいる、折角二週間も我慢したのに最後の日でその努力を全部水に流したバカだ。でも痛快だった、最高にイケてた、大人になってもそんな風に後先考えずやりたいことをやれる人はやっぱり眩しいだった、自分だったら絶対そんな風にできない、きっと言い訳を並べて「それが正しい」とか「それが大人の作法」とか自分に言い聞かせて保身的な行動をとる、だからすもものような自分ができないことができる人が憧れだった。

その後のシナリオは特に何かを感じられることはなかった。夏休みに入って三人はガレージに籠ってスケッチの場所を調べまくった、ようやく目星の場所を見つけてスケッチに似たような写真が撮れたカンナは手ごたえを感じなかった、でもそのそばのすももの写真を撮ってようやく気付いた。


「……星空なんかより、このすももの横顔のほうがずっときれいだ」


はい出たねイケメン発言乙。結局カンナは母のような風景を撮る写真家より人を撮るのがタイプだった、自分が本当に撮りたいものに気付いたカンナは母を目指すのをやめて母の友人の写真家スペンサー嵐山の下で手伝いをしながら学校に行くと父と協議した、そしてすもももハレー彗星が最接近の夜に自分の本当にやりたいことを見つけた。翌日二人はいつかまた会うと約束して各自の目標を目指して離れた。

このケースは、夢と現実の折り合いについて論じたと自分はそう思う。みんななりたい自分があるのに、現実はいつもそれと相反する形で邪魔をしてくれる、それを飲み込もうか抗おうかあるいは抗う覚悟があるのかは人それぞれ。大事なのは、自分を後悔させない選択を取ること。

あとで気付いたことなんだけど、プロローグから見ると、このケースは三つのケースの中唯一二人が結ばれたケースですね、ケース全部が悲劇じゃなくて良かった。

CASE 2 ウィリアムシェイクスピア・オリヴィアベリー

舞台は中世のイギリス、主人公はウィリアムシェイクスピア。そう、シェイクスピア。知らないまま最初にやってるからその後知った時マジでびびった……聞いてないぞってなってた。シェイクスピアはロンドンのテンブリッジ(架空の街、原型はケンブリッジかと)で小さな酒場を盲目の父と二人で営んでいる。ウィルには料理も接客の才能もないから酒場の飯がまずくて店の売上げが目に見える、そんなウィルは生活のために時々客から聞いた話を基に舞台の脚本を書いて友人であるロブを通じてロンドンの劇団に密かに売って換金してる。その酒場は実は当時エリザベス朝に禁じられたカトリック教の教徒たちの集まり場という裏役がある。ある日ウィルの父が急に発病した、ちょうど酒場にいたカトリックのプリーストであり医学の知識も備えてるエドがその父を助け専門の医師も呼んできて金さえも代わりに払った。そんな弱まった父に食事をさせるため、ウィルは貴族の庭に忍び込んだが、呆気なく捕まれた。

そんな彼の前に現れたのは屋敷の主ハロルドスペンサーとその仮の婚約者オリヴィアベリーだった。スペンサーは即座にウィルを処刑しようとするが、オリヴィアはウィルがロブが売った脚本の作者であることを知った時ウィルを奴隷として身請けすることを申し出た。そのオリヴィアは座長を務めている自分の一座でウィルの脚本を買ってその才能に気付いた舞台役者だった。だが当時のイギリスは女性を舞台に立つことは硬く禁じられていた、そんな一座ははみ出し者ばかり揃えて全員オリヴィアの奴隷で優秀な役者がいるはずもない、ウィルはやむ得ずそんな一座の座付き作家として劇団を存続させることを任せられた。

ここで前半の物語。ここで調べてみて分かるが、この物語はシェイクスピアを原型として作ったただの妄想でしかない、決して史実ではない。まあめっちゃ真実味がはみ出してるから自分ももしかしたら?と思った。

そしてウィルは昼は劇団でリハーサル、夜は酒場の運営、深夜は脚本を書く毎日を過ごし始めた。オリヴィアはウィルを真の商業劇を学ぶために彼を当時随一の劇団「海軍大臣一座」に連れ最強と言われる脚本家マーロウが書いた演劇を見させた。終演後ウィルはマーロウの劇を批判し自分の方がよく書けると言いつつ、まさか当の本人がちょうど現れた。二人はその場で議論をしつつマーロウは宮廷演劇に選ばれなかった方が筆を折るという勝負を立った、ウィルは正直どうでもいいと考えてるがオリヴィアは宣伝効果に期待して即座にその勝負を受けさせて。

その後、ウィルは相変わらずやる気のない劇団員と一緒にリハーサルしつつ毎日を過ごしたが、ある日エドがカトリック狩りに捕まれたというお知らせが来た。ウィル一行は慌てて現場に駆けつけた時、エドはちょうど馬車に乗らせる頃、そしてその隣はマーロウと情報提供のお礼を彼に言ってる官吏だった。ウィルは怒りに駆けられマーロウを殴るようにしたが官吏に止められ逆に殴られて意識を失った、目覚めた時エドは既に連れ去られ、どうしようもなかった。ここでウィルはやっと舞台でマーロウに勝つモチベーションを見つけて、彼は真夏の夜の夢に続いてハムレットを書き始めた。


「ハムレットーー怒りに支配される心は彼を狂わせる。部分的に、ハムレットにおれの怒りを乗せよう。これで昇華できるほど、おれの怒りはやわではない。狂うほどの怒りを抱えている。だが、もうおれは怒りに狂う訳にはいかない。だからーーハムレット、お前はおれのかわりに狂ってくれ。」


それから彼は積極的に劇団に関わり、演出の質を上げるためにいろいろオリヴィアに進言して、はみ出し者の劇団員を団結させて、やっと初演の日が訪れる。

ウィルが少しずつ演劇の質を上げる過程を読むとワクワクする、「なるほどこうすればよかったのか!」って何度もあった、特にキキとトーマスの役を入れ替わるそのシーンは印象的で楽しかった。

初演は大成功だった、劇場の後始末をしてみんながウィルの酒場で打ち上げしようとして酒場でオリヴィアを待ってたがいつまでも座長が現れない。ウィルはオリヴィアを迎えるため劇場にやってきて、ちょうどスペンサーが劇場から出るところだった。スペンサーはウィルの劇を褒めそして去っていく。


「わたしは頭を下げる。いやだ。今日だけはーー今だけはーーウィルがくれたこの余韻に浸っていたい。こんな形で、壊されたくない。こんな形でーー穢れた自分を、思い出したく、ないーー」


そしてウィルが舞台裏で見つけたのは衣装が散乱してるオリヴィアだった。オリヴィアは敢えて強気で「婚約者とセックスした」と堂々と言い出し、だがウィルを騙すことはできなかった。


「わたしは……自分のためにそうしてる。誰にも文句を言われる筋合いはない。だってーーそうしないとわたしは、生きていけなかったから。自分の立てる舞台を、手に入れられなかったからあなたにとやかく言われる筋合いはない、後悔だってしていない」

「今のお前はーー芝居が下手だ。別に、文句なんて言わないよ。お前がそうしたいならそうすればいい。お前の言葉通り、お前に後悔もなく、満足しているなら、なにも言わない。でもーーそうは見えない」

「……なんでそんなことが、あなたにわかるのよ」

「じゃあ、逆に聞くがーーなんでお前は泣いているんだ」


こうしてオリヴィアは声を抱えて逃げ出し、舞台上で泣いていた。ウィルはその身を抱きしめ、もうスペンサーのところに行かせないと宣言した。


やあここまで来てようやく物語が本場に入ったような感じがするんですね。そしてウィルはかっこよすぎる、ここまでにして無謀すら感じた、「いつか絶対スペンサーからお前を解放してやる」と予想していたがまさかそのまま直球で行くなと来たとは。なんの前準備もなくスペンサーからオリヴィアを奪うなんて正気かよお前すら思った。でもあとで考えてみれば確かにそうですね、好きな女がほかの男のところに行かせるなんてどんな事情があっても見て見ぬふりをしてはいけない、そうしたら絶対後悔する、なんでこんな簡単なこと最初思いつかなかったかな……そしてここでもう一つの思うところは、そうですね、NTRを物語に入ればなんでも深刻に見えるんですね、うん!

そして二人はオリヴィアの身請け金と劇場の売上げとレンタル費用などを計算して、毎日劇場を満員させれば一ヶ月で費用を揃えるという結論を出しウィルは単騎でスペンサーの屋敷に行きスペンサーも条件を飲んだ。迫る期限に追われてウィルはリハーサルと上演と創作に埋もれた日々の中、ある日ハムレットの公演を見に来たマーロウがウィルの前に現れる。そういえばこいつと勝負をしてたなとウィルは思いつつ適当にはぐらかして帰らせたが、翌日マーロウがまた現れた。運悪くこの日オリヴィアは舞台上ハムレットの剣術対決シーンで怪我を負ってた、マーロウはそれを見逃さずオリヴィアが女であり舞台上にも立ったことに気付いた。翌日仲間と相談後、オリヴィアはそれでも舞台上に立って懸念なくみんな捕まれる。


「もう少しだったのに。――そう、もう少しだった。なにもかも。もう少しで、わたしたちの評判は確かなものになった。もう少しで、わたしたちの紡ぐ物語が完成した。もう少しでーーわたしは、初めて心から愛した人のものになれるはずだった。」


そして獄中で二人は新作「ロミオとジュリエット」の最後のシーンを完成させた。こうなってしまった以上、せめてウィルと劇団のみんなを助けようと、オリヴィアは決心し、ウィルに黙って自分をまたスペンサーに売った。


「明かり取りの窓。そこから、月が見えた。満月だ。この月を、わたしは一生忘れることはないだろう。この先、誰に抱かれることになってもーー」


釈放されたウィルは真っ先にスペンサーのところに行ったが、門前払いをもらい、この絶妙なタイミングでスペンサーから宮廷演幕に選ばれた封筒を受け取った。本当に運命はどこまでも意地悪ですね。

ウィルは封筒を手にして劇団員のみんなと相談し、演幕を書きたての「ロミオとジュリエット」に決め、主演女優のないリハーサルをしつつ演出の日を待ってた。

演出直前、エリザベス女王の謁見の間で、ウィルは全てを投げ出し、一生一度の賭けをエリザベス女王に賭けた。


「面白いのか、お前の新作だよ」

「人類の続く限り、語り継がれる物語だと自負しています」

「大きく出たな……。芝居好きとして、見逃す手はないか」

「生涯にわたり、今日と言う日に後ろ髪を引かれることになりましょう」

「観劇は久し振りだ。今日は役者の性別にまで気が回らぬかもしれぬ。そもそもーー観客の方にそんなことを気にする余裕があるなら、お前はほら吹きとして斬首だ」


そして二人は最後の共演を許され、自分たちを基に紡いだ真の愛の物語を演じきって、最後の夜を過ごし、このケースは幕を閉じる。

三つのケースの中、このケースの物語性が一番良いだと思う、抗えない時代の壁に立ち向かう二人の波乱万丈な愛の物語、読んでるうちすっごくワクワクする。そしてこのケースの二人も最後は結ばれなかったけど、これも完全に悲劇ではないかと自分はそう思う。もし二人は最後の公演ができなかったならこれは間違いなく悲劇だが、二人は生涯一度の最高のロミオとジュリエットを演じきった、そしてこの真の愛の物語はウィルの言う通り人類の続く限り語り継がれることに現になってた、ここで離れ離れになっても、その日を思い出せば、心が暖かくなって生き続ける勇気を貰えるのだろう。癪に聞こえるのかもしれないが、二人は結ばれない方が結ばれるよりこの物語はずっと美しいと自分は思った。これこそが「終わりがあるから美しい」とのことを、自分は初めて本当に理解したのかもしれない。そしてこの物語を通して、結ばれることこそラブストーリーの真の最高の結末というこれまでの自分の見解をひっくり返したのだった。

CASE 0 海斗・世凪

とうとう来たねケースゼロ。正直このケースの攻略途中何回も泣いた、終盤に近づくほどボロボロに泣いてしまって、たぶん人生初めて「感覚をなくしてしまうほど泣き続く」というよく創作物の中で見かける描写を体現したのかもしれない。なので、このケースのあらすじをもう一度自分の言葉で再現するのはマジで辛すぎて耐えられないから、このケースの感想はあらすじをなぞるのではなくいくつかのポイントを引き出して自分がプレイ当時思ってることや今見返って気付いたことなどを書くと思う。あと、このケース本当に長いんですね、本当にあらすじを全部書くなら時間がかかりすぎる(実はめんどくさいだけ)んでどうぞご容赦を。

ケース0も大まかに三つのチャプターに分けれて、つまり幼少期、青年期、中年期の三つですね、ゲーム内で海斗が自分の研究所を持ち始めた年齢が明確に提示してないから中年期という表現が正しいかどうかは分からないが一応方便のためそう呼ぶとする。そしてこの三つの段階の中それぞれにも壁があって、海斗と世凪の人生を踏みにじる。

先ずは幼少期、トウモロコシ畑の中で世凪が海斗の額をキスするシーンは本当に微笑ましいんですねー、二人ともめちゃくちゃかわいかったなーと癒されながら眺めた。


「世凪の香りが僕を包んだ。お母さんとは違う種類の、やさしいにおい。世凪の唇を額に感じながらーー僕の心を覆いつくしていた悲しい気持ちがおいやられ、穏やかな気持ちが満ちていく。」


普通エロゲをやってる時自分は自分を主人公に感情移入しやすい派で、いつも主人公視線で物語を楽しんでいるが、幼少期の海斗は若すぎて全然感情移入しなかったんですね、完全に傍観者視線で二人の成長を見守ってた。頑張れ男の子!

そして鳥さんとお母さんの最後のシーン。本来ここはケース0の最初の暗くて悲しいシーンなのに、鳥が眩しい光の中で羽ばたき、子供の純真の声、光の中で静かに息を引き取ったお母さん、世凪の涙、そして柔らかいBGM、その全てがこのシーンをまったく人が死んでいるとは思わないほど綺麗に染まった。そしてこれが第一の壁、母の死、この壁を乗り越えて、身寄りのない二人はお互い支え合いながら生き続き、二身一体になった。

そうやって青年になって、海斗は準研究員になって、毎日遊馬先生と議論を交わし、仮想空間の研究に打ち込む。そして世凪の力を借りてその青写真を現実にする糸口を掴んだ。クリアしてからここを読むと、心が微かに痛いんですね、これが全ての悲劇の元になる行為だから。

海斗はこの研究で大きな成果を挙げて、やっと夢見た研究員になった。これで中層民だ、ようやくあのゴミ場みたいな下層で住まなくて済む。そうワクワクしながら家に飛び込んで世凪に伝えたけど、世凪はそれを誤魔化して、二人はギクシャクして海斗は家を出た。

ここはね、初めて海斗お前ダサいぞーって思った。お前が一番世凪のことを知ってるのに、彼女がそんな子じゃないと分かってるのに、敢えて自分の焦りを彼女にぶつけて傷つけた、ここは男らしく彼女を信じてきっと何か裏があると思いつくはずでしょ?お前らの時間がそんなぬるいものじゃないんだろ。と心の中で海斗をド罵った。だがこれも全部傍観者だからなのかもしれない、自分が本当にそんな状況下に置かれた時、そんな潔さを保たれるのでしょうか、海斗と同じことをしない覚悟があるのでしょうか、これらの答えは自分も知らない、ただ好きな女の子を傷つくのは絶対ダメだと思う。

海斗は遊馬先生から昔世凪の家庭事情のことを聞いて、冷静になった海斗は世凪の昔の家で彼女と対峙する、そこで世凪は全てを語り始めた。


「自我がどこに宿るのか、人はなにをもって個性を判断するのかーー記憶だ。人の記憶にこそ、人格が宿る。それが失われたとき、その器に入っている精神は誰のものだ?世凪が心から大切に思うものが全て失われたあと、そのに残っているものはーー果たして、世凪なのか?」


世凪が全ての記憶を失ったあと、たとえ何かの方法で全ての記憶を取り戻せたとしても、それは世凪と呼べるのか、それとも世凪の器と心が完全一致の別人なのか。そう、またこれだ、器と心。What is mind? & What is matter? ここに来てまたサクラノ詩と同じ命題に追い込まれる。海斗側から見てそれは同じ人だとしても、世凪にとってはどうでしょう、一度消えた自我が新しい自我に上書きされる、データが完全一致でも、前の世凪はどこにもいなくなってしまう、それは世凪と呼べないだろう。などと考えてたんだが、未だ答えを出せない自分でした。


「それでも、わたしはね……そのときになってもわたしは、自分がどんな道を辿ってきたのかーーこの物語を読んで思い出したいの。それが……わたしから彼女への、餞なの。だからーー別れの物語じゃないと、ダメなの」

「わたしはーーその悲しさを、誤魔化したくないの。自分が、とても悲しい気持ちの中にいるって、思い出させてあげたいの」

「――あなたとは、一緒になれない。わたしが、わたしじゃなくなっていくのを、あなたにだけは見られたくない」


何故三つのケースが全て別れの物語なのか、明らかにされる。そしてここで、「そんなのどうでもいい、おれはお前と一緒にいたいんだ、お前じゃないとダメなんだ、お前がないとおれの人生は意味ないんだ。限られた時間の中でもいい、それまでお前と一緒の記憶を覚えたいんだ!」と心の中で強く叫んだ。とにかく世凪が愛おしすぎてボロボロに泣いた。


「おれはーー今日までおれは、一体なにを見てきたのだろう。こんなに近くにーーおれの守るべき、たった一人の人がいたのに。その人はいつだってーー二人の毎日をどれほど愛おしく思っているか、おれに伝え続けてくれたのに。おれは一体――なにを目指していたんだ。」

「いつか終わる時間でもいい。二人の時間を、世凪が忘れてしまってもいい。それでもおれは、限りある時間を世凪と過ごしたい」

「二人の思い出を残してくれればいい。それだけあれば、じゅうぶんだよ」


海斗……お前、やっとここまで成長したんだな……男の子が男になったんだな……

とある月並みの問いを思い出したーー「仕事と私、どっちが大事なの?」これを男に問い詰める女は本当にクズだと思うんだが、男子諸君は一度、自分から自分に問いかけてみたことあるのでしょうか。自分は大事な人が一番大事だと思う、大事な人の前で仕事なんてクソ喰らえ、ていうか大事な人より大事なものは何一つない、その人こそが自分の世界の全てなんだ。まあそんなことを言っても大事な人はいないんだよな……別にそれで寂しくはない、ケース1で有島が言った通り「それ自体は寂しくないが、一緒にいたいと思えるような人と出会えなかったのは寂しいと思う」。でももしいたら自分はそんな姿勢を貫ける覚悟がとっくにできているーーそれは無駄に沢山のエロゲをやって得られた数少ないちっぽけな誇りの一つとも言えるんでしょう。

いよいよ中年期。ここにこの作品の全てが詰まってるとも言えるでしょう、そしてこのあとの感想を書くのを思うと気が重くなってしまう。

はじめに印象が一番強いのは、とある夜中層の家で世凪が海斗に弱音を吐いてるシーン。あとからみると、これはたぶん世凪が自分に何かしらの異変を感づいたでしょう、でもなにもかも遅すぎる、二人はもうこの街の希望を、全人類の希望を背負ってる、海斗はやめてもいいと言ったのはきっと本心だろう、でも世凪はやさしい、そして強い、海斗を困らせたくないけど、自分の本心を海斗に知ってもらいたい、だからこんな形海斗に伝えたんだろう。


「いつかくるとーー覚悟していたこの日が、とうとう私たちの日常に姿を現した。『……実験は、一時休止――』私はそこまでつぶやいて、言葉を飲み込んだ。私は、一体なにを言っているんだ?なにを守ろうとしているんだ?世凪がーー私の人生で一番大切な世凪の崩壊が始まったのにーー私が世凪に向き合わないでどうするんだ。『いやーー中止だ』」


世凪がものを忘れる初めての日がとうとう来た。そしてこれも全ての悲劇の始まりである。

はぁ……ここまで書いて一度、キーボードに置かれてる手を止めた。重すぎる。もう一度あのシーンを思い返すのもじゅうぶん辛いなのに、もう一度書くだと?本気で考えてるのか?それでも、自分はこの感想文を完成させないといけない、誰かに読まれるためではなく、自分が今後振り返る時のために、今の心境を残したい。

実験を中止すると決めて、海斗は遊馬先生に意思を伝える、数十年の心血を一朝一夕に流されることを耐えられない遊馬は海斗と決裂した、でも海斗研の仲間や入麻は快く受け入れた。本当にいい仲間に恵まれてるんだねと、ちょっと目を潤ませてこのエピソードを読んだ。

そして遊馬は世凪を攫い、海斗研の全ての研究資料を強引に引き継いだ。


「私はずっと変わらない。少なくともきみと出会ってから今日まで、自分の大義を忘れたことは一度たりともない……この研究に私はーー全てをかけている。自分の命も、友人の命もーー人としての倫理観も、この研究の為になら捨てる覚悟がある」

「……あなたの、清濁併せ呑むという言葉には、こんなにも悪意があったのか」

「海斗。きみにはそこまでの覚悟があるのか。臓腑を腐らせ、身の内を悪臭まみれにするほど穢れた泥を飲み込む覚悟がーー」


そのあとのシーンをもう一度読み返す勇気はない、その時は不思議に泣いていない、その時感じた感情はなんと呼べばいいのかわからない、あるいは頭が真っ白でなにも思っていなかったのかもしれない、ただその時の呼吸、極限に張られた神経、きつく縛れた体は、たぶん一生忘れられないでしょう。

そして海斗が自宅で絶望に落ちた末に、遊馬がまた訪ねる。それが、三つのケースの計画に繋がる。


「波多野凛。オリヴィアベリー。桃ノ内すもも。世凪の意識の中に形成された、世凪の分身たちーー彼女たちがーー必死で世凪を守っているんだ。」

「世凪――世凪、私を呼んでいるのか?そうか、また子供のときのようにーー私たちが無垢な若者だったときのうようにーーこの世界で物語を、紡ぎたいんだな。そうだった、世凪はーー自分ではなくなった自分の為に、この物語を作っていると言っていた。」


ここで、ボロ泣いてしまった、たぶん、その前泣いてなかった反動。世凪、きみはこんな状態になっても、私を呼んでくれているのかーー大切なきみを守れなかった私を呼んでいるのか、私は一体何ができる?

海斗は遊馬に条件を提出し、出雲とリープくんと世凪四人で研究所に住み着いて計画を練りだし、現在に至る。


「この計画がうまくいって、例え世凪がまたすぐに自我を失ってしまったとしてもーーもう一度、世凪におかえりと言えるーーそれだけでも、充分価値があると思わないか」


海斗が計画を実行する直前に出雲にかけた言葉で、また泣いてしまった。いや、エンディングまで泣いてないところはないかもしれない、それだけ世凪は大切なんだ。


「――この街より、ずっと開けた場所に、いたような気がする。そこにはたくさんの人が暮らしていてーー空も、海をあって、夜中になっても灯りがきらきら光ってる、とても綺麗な街。でもわたしはーーその街には入れないの。分厚いガラスの向こうから、その街を見下ろしていることしかできない。そのガラスには自分の顔が映っているのにーーわたしにはそれが、自分なのかどうかもわからない。そこに映った自分が、どうして泣いているのかもわからないーーわたしはーー誰かと、この景色を眺めたかったはずなのに、その相手も思い出せない。それでも、誰だかわからないその相手を呼び続けるーー」


これが、世界になった世凪の視界なのかな、そうだとしたら、それは寂しすぎるよ。なぜ、ただ好きな人と普通に暮らしたい少女がこんな思いをしないといけない、それが世界のためなら、一体こんな世界になんの価値がある。おれは例え世界と敵に回しても、世凪を守りたかった。だがもう遅すぎる、運命の歯車は一体どこから狂ってしまったのか、もうわかるすべもない。

人工的に作られた感情を持ったまま世凪は海斗と薄い氷の上を歩くような脆い時間を過ごしていく、海斗は昔約束したように世凪に二人の思い出を教える。そしてまたしも、運命の残酷さに飲み込まれる。海斗の母に似たような症状が世凪の身に現れ、世凪を救うことを最優先にしメンツを捨てた海斗は遊馬に訪ねる、そこで二人は人類の真の歴史に触れる、そして遊馬がなぜそこまでしても仮想空間を完成させたい理由を知る。

自分も一応工科出身だから、実は遊馬と同じく、科学の発展の為に個人の犠牲は厭われるべきではないと思っていた、そうしないと人類は真理にたどり着けないーーその犠牲になる人は自分にとってどうでもいい人なら。だが今回は自分の一番大切な人が犠牲に現になってる、そして例えそれは自分にとってどうでもいい人だとしても、その人には大切な人がある。だからおれは、やっぱり自分が間違ってることを思い知らされた。そして遊馬は多分このゲームの中一番自分と重なってるキャラかもしれないーー仕事になんの期待も抱いてなくて淡々と役割を果たす、自分の時間は全部やりたいことに燃やす、目的を果たすために他人の犠牲を厭わない、大切な人のために修羅になる。遊馬には遊馬の正義がある、それは海斗と同じ大切な人を救うこと、もし海斗が遊馬の状況下に置かれたら彼は遊馬と同じく行動を取るのでしょうか。たぶんできないでしょう、何より世凪はそんなこと絶対に望まない、だからこれは海斗と遊馬の決定的な違いである。遊馬の記憶を見ると、彼の妻もなかなかやさしい人であるはず、夫がしたことを多分望むはずがないでしょう、遊馬は自分の願望を強引に妻に押し込んだだけ、だからこれは全て遊馬が妻を救うという自己陶酔のエゴであり、決して彼の妻のためにやったこととは言えない。まあエゴイストという点で自分も同じくだからそう分析ができても遊馬を責めることはできないけどね、皮肉ですね、全ての問題も知ってるのに、それを解決することはできない。

そして人類が自分の手によって進化を成し遂げたが、その代わり進化の袋小路に追い込まれた件について、まさにいつか海斗が言った通り、業が深いですね。ここで科学の発展の両面性についていくつか語るのもいいが、このゲームの趣旨はそこじゃないしあんまりそんな気分じゃないので省略させてもらう。

海斗と世凪が遊馬の家から出て、世凪は秘密の花畑に行きたいと言い、二人はそのに向かった。


「わたしは、自分の終わり方を自分で決めたいの。前とは違うーー無理矢理、わたしであることを奪われるんじゃない。わたしは自分で、わたしがどうあるか、決めたい」

「――海斗とずっと一緒にいたいって、わたしは思ってたよ。でもわたしは、それがかなうことはないって知っていたからーーその、手が届きそうで届かない、小さな願いが、私を生かしてくれてたんだね」

「……なら、私はーー世凪の中で、語り続けるよ……この空はーーこの風はーー今は世界と呼ばれるようになった一人の少女が、心から願って作り上げたものだと。私はーーその空間で語り続ける」

「私はその場に崩れ落ちて泣いた。私の手を、やわらかな地面が受け止めた。零れ落ちる涙を受けた黄色い花が揺れた。歯を食いしばっても涙は止まらないし、顔はみっともなく破顔している。声も、涙も、抑えようがない。いくら叫んでも、いくらこの土を涙で濡らしてもーー世凪を失う悲しみは薄まらない。」


あぁもういいでしょう、二人はもうじゅうぶん悲しみを背負ったから、もうつらい思いはじゅうぶんしてたから、神様よ、紛い物でもいいから、ほんの少しだけでもいいから、せめて最後ぐらい二人を幸せにしてあげてください。自分はこの時心からそう願った。そしてたぶん人生初めて、感覚がなくなるほど泣き続けた、まるで自分が世凪を、大切な人を失ったように。

世凪は自分で決めたいと言った、ならばそれを応援するのは海斗のできる唯一のこと。もしここで反対しても、二人の時間が長くない、なによりここで反対したら遊馬がやったこととなにが違うんだろう、世凪の決意を海斗が応援しないなら誰がするんだろう。そしてあんな酷い思いをされたのに、それでも人類のために何がしたい世凪は、あぁきみはどこまで純粋なんだろう。


「……こんな、にせものみたいなわたしを大事にしてくれて、ありがとね。あなたを愛せないわたしを愛してくれてーーありがとう」


世界になる直前、世凪はそう伝えて、眠りにつけた。そして世凪の意識の中、本当の世凪と会って、歯を食いしばって笑いながら泣いて彼女にバイバイした。笑いながら泣くというよく創作物で見るシチュエーションを自分の身をもって実感させてもらった。


「『世凪と会えて、良かった。今となってはーー後悔は一つのない』私は笑った。世凪も笑っていた。涙は後から後から流れ出てくるが、それでも私たちは笑っていた。」


世凪の世界から出て、海斗は最後に遊馬と会って自分は彼を許しはしないがもう恨んではいないと伝えた。そうだよな、世界を救うなんて大層なものは私の身の丈に合わない、そんな覚悟もないし、志もない、ただ世凪さえいてくれればいい、人類なんてどうでもいい。そう思ったが、世凪が自分の犠牲を代わりに救ったものを、そんな価値のないものだと思いたくない、ならば私も世凪のために、人類を愛してみよう、許してみようと、たぶん海斗はそう思った。

海斗は約束した通り、仮想空間の中で世界になった少女の話を語り続けた。そして、ケース0の終幕は、人々の認識によって実体化して世凪の現れと共に降りる。このエンディングは、評判を見る限り沢山の人は無理矢理にハッピーエンドに繋げるという不満の声を上げていた。昔の自分なら、きっとみんなと同じようにそう思うんだろう、実際昔ほかの作品をクリアした時にそう感じた回数も少なくはない。だが、ここで初めて、前に言ったように、本当にただ二人を幸せにしてあげたい、強引でも紛い物でも要らないと言われても、ただただ二人の幸せを祈ってる。自分の声が神様に届いた……なんて思っていないが、本当に最後に幸せなシーンが見れて良かったと思ってる。そしてたぶんこれはなぜ多数のエロゲ作品は、元々は悲劇としでも、最後は無理矢理でもハッピーエンドに繋げる理由なのかもしれない。

エピローグでは、世凪は前の3ケースの幸せな結末を用意した。どっちもおまけ程度なんだが、読んでで楽しかった。やっぱりハッピーエンドはいいよな……

結語

4ケースをまとめてみると、関連性はいくつもあるんですね。先ずは一人称。ケース321の順で、僕→おれ→私。これはケース0の中で海斗の一人称の変わる順番でもある、幼少期は僕、青年期はおれ、自分の研究室を立った時は私。成長を感じられるねこういう男の変化って。そして見ても分かるが、カンナくんのお母さんと海斗のお母さん、凛のお父さんと世凪のお父さん、あと前3ケースの幾つかのシチュエーション、それらは世凪と海斗の体験と関連している、まあ世凪の書いた物語になってるから当然と言えば当然なんだが、プレイヤー視線から見ると伏線みたいなものになってるからそれをケース0でコツコツ回収していくのが結構面白い、面白いというより醍醐味がある。

あとは本作が自分に残った最大で最後の問い、それは前にも言った、心と器、mindとmatterの疑問。世凪の四つの状態から一つ一つ分析しよう。

A:正常状態の世凪、この状態の世凪は精神と器は統一されて、普通の人と変わらない。

B:強制的に意識が奪われた世凪、器だけが残って、精神は消滅された。我々の生きてる世界は物質で構成されている、ならば同じ物質で構成されているこの世凪は、前の世凪と同じと言えるのでしょうか。自分は本質的に唯心論者なので、答えはもちろんいいえ。ただ、人は物質の世界の中に生きている、だから実体のあるものに触れば安心感を持つ、簡単なたとえ話なんだが、パッケージ版のゲームとDL版のゲーム、価格は同じだとしたら、普通はどれを買うんでしょう?自分は断然パッケージ版、だってDL版はデータしか手に入れない、買い物した実感はない、お金を流したような感じがする。それに対してパッケージ版は実体を持つ、触れれる。肝心なゲームの中身は同じなのにこんなにも違いがある、人の性質って不思議だよね。なので世凪も同じ、精神がなくしても、その器に未練を、愛着を持つ、それは触れるものだから、触れる実感があるから、例えその器の中に世凪がいないとしても、我々は愛おしさを感じる。

C:精神が作り出された世凪。この状態の世凪はBとよく似ているが、根本的な違いは精神がある。ならばこの状態の世凪は元の世凪と呼べるのか?この答えは世凪本人の感覚によって判断されるべきと自分はそう思う。そして実際この状態の世凪は記憶を持たない、元の自分を他人のように思ってる、だからこの答えはいいえ。だがもしこの世凪は違和感なく自分を元の自分だと思っているなら間違いなく答えは肯定にあなる。精神は元々本人によって決めるものだからね。

D:人々の認識によって仮想空間の中で現れた世凪。この状態の世凪は器を持たない、精神のみが存在する。唯物論者から見ればこれ一発でアウトなんでしょうか、器も持ってないのに同じなわけがない。生憎唯心論者なのでこちらのペースに乗せてもらうね。これはCと同じ、世凪本人の意識によって答えは変わる。この状態の世凪は元の自分の個性――つまり精神は完全一致になってる、記憶を全部持っている、なので自分はこの状態の世凪は元の世凪と言えると思う。実体を持ってないのはなんの支障もなってない、我々の精神がそれが世凪と思ってるなら、世凪はそこにいる。

四つの結論を要約すれば、器はその人の定義になんの影響も持たない、ただし人は器に愛着を持つ。精神、強いて言えば記憶こそ、人の定義そのものである。まあこの仮説はあくまでもこのゲームの世凪の四つの状態から分析し導いた極めて主観的なものだからおっさんの迷言として真受けしないで流してくれればいい。この結論は今自分が決めた生き方にも繋がってる。エロゲのヒロインたち、それは実体がない精神のみの存在、この結論から言えば、彼女たちの存在は人の定義に繋がる、つまり彼女たちは一人一人の個人だ。少なくとも自分はそう思っている、世界は精神で構成されているから、自分は彼女たちを愛せる、彼女たちが自分にくれた時間も大切にできる。


久し振りに感想を書かないと気が済まない気持ちになったのでとりあえず思ったことをそのまま気楽に書いたらいつの間にか二万字くらいになってて自分でも驚いた、それくらい本作が自分に持ってきた衝撃が大きいなんだろう。プレイ済後、自分は日本にいる友人に連絡してパッケージを一本買わせてもらった。海賊版を辞めるわけではないが少なくとも心から傑作だと思う作品を自分のできる範囲内で支持したいと思ってる、近年の業界にこんな熱意をこもった作品は本当に一握りすら残ってないからね、宣伝と悪ふざけだけが上手いかと思ったラプラシアンがこんな嬉しいサプライズを用意してくれて本当に感謝している、そして勘違いをしてしまって本当に申し訳ない、これからラプラシアンのコアユーザーになります、次の作品も心から期待してます。まあワサビさんだから次は多分悪ふざけのやつを出すけどね……やっぱりあんまり期待しすぎないようにしておこう。

それにしても今年の九月凄すぎない?普通数年に一度しか現れない作品が一気に二本も出たんだぞ?

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